
光照墓苑との関係
光照墓苑は、宝祥寺の境内で大切に管理されています
光照墓苑は神楽坂・光照寺の墓地ですが、若松町の宝祥寺境内にあり、境内の清掃や参道の手入れといった日々の管理は宝祥寺が行っています。墓苑は宝祥寺の檀家墓地ではないため、宝祥寺の檀家になる必要はなく、宗旨・宗派も問いません(在来仏教・神道の方)。法要の際はご希望の宗派の僧侶を手配することも、お付き合いのあるご住職様をお連れいただくこともできます。
宝祥寺の基本情報
| 正式名称 | 金谷山 宝祥寺(きんこくさん ほうしょうじ) |
| 宗派 | 曹洞宗 |
| 所在地 | 〒162-0056 東京都新宿区若松町38-1 |
| 最寄駅 | 東京メトロ東西線「早稲田駅」徒歩5分 / 都営大江戸線「若松河田駅」徒歩7分・「牛込柳町駅」徒歩8分 |
| 創建 | 文禄元年(1592年)以前と推定。寛文2年(1662年)現在地へ移転 |
| 開基・開山 | 開基 宝祥寺殿久屋伊長居士(松下氏の祖、慶長5年〈1600年〉没)/ 開山 関宿東昌寺五世 大休甫和尚(文禄元年〈1592年〉寂) |
歴史
宝祥寺は、松下氏の祖にあたる宝祥寺殿久屋伊長居士を開基、関宿東昌寺五世の大休甫和尚を開山として、文禄元年(1592年)以前に創建されたと推定される曹洞宗の寺院です。もとは市谷八幡西谷(現在の市ケ谷駅付近)にありましたが、明暦3年(1657年)の明暦の大火で焼失し、寛文2年(1662年)に現在の若松町へ移転しました。旧境内は拝領地3,000坪と伝えられます。
墓地には、明治期の小説家・塚原渋柿園の墓や、夏目漱石の初恋の人といわれる「れん」の墓があります。宝祥寺のある若松町は、漱石が生まれた夏目坂のすぐ近くです。
宝祥寺の広い墓地は、明治のはじめに明治政府の管轄する共同墓地となり、複数の寺院が持ち合う共有地というかたちをとった時期がありました。光照寺の墓地である光照墓苑が宝祥寺の境内にあるのは、この経緯によるものです。詳しくは光照墓苑の歴史をご覧ください。
四季の花が美しい境内
宝祥寺は「四季ごとに咲くお花が美しいお寺」として知られ、春は桜、初夏の参道にはたくさんの種類のあじさいが咲きます。光照墓苑にお参りの際は、季節ごとに表情を変える境内もお楽しみください。境内には休憩スペース「草木堂」もあります。



所在地
光照墓苑(お墓)に関するお問い合わせ・ご見学のお申し込みは、宝祥寺ではなく、墓地販売を行う株式会社中山石渠(フリーダイヤル、またはお問い合わせフォーム)までお願いいたします。